プラザ合意は1985年、アメリカの貿易赤字解消とドル高是正を目的として、G5各国が協調して為替レートを調整するために行われました。特に日本とドイツに対して円高・マルク高を促す内容でした。
急激な円高が進行し、輸出産業が打撃を受けた一方、金融緩和が続いたことでバブル経済を引き起こしました。その後バブル崩壊を経て「失われた30年」と呼ばれる長期不況のきっかけとなりました。
当時の日本は輸出主導型経済で、急激な円高の影響を直接受けたことに加え、金融政策の対応が後手に回ったためです。また、資産バブルが特に大きかったことも要因の一つです。